本焼包丁の使用(1)
本焼包丁の扱いが難しいのはよく言われる事ですが、では具体的にどういう風に、難しいのか。現場で本焼包丁を使ってみて実感することを少し書いておきます。
私が所持している本焼は、まず「尺三の玉鋼」
これは飾り用で実際に使用する機会はありません。万が一の事を考えたらやはり普段使いは無理で、それに色々恩義や曰くもありますので神棚飾りという訳です。
「青一鋼の大出刃」「青ニ鋼の相出刃」「白ニ鋼のフグ引き」「白ニ鋼の西方薄刃」「青ニの鮪切包丁」「青一の江戸型薄刃」などなど。あとは新素材の包丁や、洋系など色々です。
そして一番よく使うのが「白一鋼の柳」です。
これは刺身を引く他に薄刃代わりに剣を剥いたり、巻鮨を切ったり、流し物を切り分けたりと万能に使用しています。この白紙の使用感を一言でいいますと、「もう他の包丁は使えない」そう感じるほど切れます。
何も力を入れて無いのに材料に向かって勝手に包丁が入って行く。なにより【身離れ】が霞や他の包丁とは比較になりません。(これには研ぎ方の要素が大きくなりますが、研ぎ方については機会をみてまた書きます)
しかし青紙包丁も同じなんですが、扱いには細心の注意が必要です。ことに白一鋼は炭素含有率が1.4%ほどあり包丁鋼としては限界に近い硬さですので、下手に使用してるとそれこそ「折れる」可能性もあります。
細かい注意点は多岐にわたりますので、ひとくくりで言いますと、【包丁を手に持っている間は絶対に急のつく動きをしないこと】です。人から少しスローな動きに見えるくらいでちょうど良い。
とにかく手の包丁に対する「集中力」を切らしてはいけません。手早い「さばき」を自慢したければ、新素材の包丁や霞でやった方が賢明と言うものです。速さよりも正確さを心がけるべきでしょう。
本焼包丁とサビ
包丁を使う方なら誰でも直面する大きな問題は【サビ】です。これは霞でも変わりありませんが、全部が鋼の本焼包丁は錆の塊と考えても間違いないです。なかでも酢に包丁が触れる鮨職人はそれこそ分単位で薄くサビが浮いてくるほどで、錆びない包丁に走るのも無理ないと思います。
本焼は鏡面仕上げにしてもらう事が多く、多少は錆びに強くなるものの、使用していれば結果的には同じことで、やはり錆びます。
使い方にもよりますが、一日仕事に使用していればだいたいは何処かしらに変色が出るもので、その変色は初期のサビに違いありません。
それで仕事後の手入れ時にそれを落とす手間が必要になってきます。正直これにはウンザリします。
けれどもこの「初期のサビ」は絶対に落としておかないと、包丁の中に浸透して行きまして、そうなったらお手上げになりますので、初期のうちに必ず手当てしておくべきです。(サビではなく汚れでも、放置しておくとそこからサビに発展します)
この「酸化との戦い」をどうしてるかは板前によって色々だと思います。しかし大方の職人はマメに包丁を洗うくらいの対処ではないでしょうか。切る材料によっては濡れ布巾で拭くだけでは薄サビを防げないので、洗うのは大事ではあります。 (本焼包丁は種類にもよりますが冷水を嫌うものが多いので急な温度変化に注意)
鋼を酸化から守るには空気を遮断するのが一番で、その現実的な手段として油で膜を張るという方法があり、刃物はこの手段を使います。しかし丁子や椿であっても防錆の油を仕事中の包丁に使う事は躊躇われます。
しかし食用油であれば何の問題も無いわけです。 私がやっている方法ですが、 吸水性の大きな紙、例えば「炊飯紙」とかを折りたたんで、別に質の良いキッチンペーパーに新しいサラダ油を吸わせておいたものを芯にしておきます。それを包丁の左上の布巾の上に常に置いておきます。
まず包丁を使用した後、濡れ布巾で刃を拭きますね。その後、吸収性の紙で水分を弾き、次に油を張ります。
そして使用する時は紙で油を拭き、濡れ布巾で刃を湿らせて使います。これによって使用していない時は水分や空気を油が遮断してくれる訳です。
慣れてしまえば面倒でもありませんし、浮いたサビをゴシゴシやる手間や包丁への悪影響を思えば、少々面倒でもやる価値があると思っています。
※鏡面仕上げの場合は通常「油拭き」は避けます。鏡面にしてある事で、「外部から影響を弾く」ので、水分を完全に拭き取るようにします。