能登のふぐの子漬け
「江戸の卑賤の者、河豚を銕砲といふは、あたれば即命を失ふとの意なるべし」
【梅園日記】
鉄砲の玉に当たれば落命するので、恐怖心から「てっぽう」と呼んだのか、それとも当時の種子島銃の命中率が低いことから「めったに当たるもんじゃない」という逆の意味もあるのか。
「下総銚子の俗に”とみ”といふ。これ、江戸にててっぽうといふと同じ意味なり」
【魚鑑】
※”とみ”は富くじ(宝くじ)のこと
ともかく、昔から河豚は「てっぽう」という別名で呼ばれています。
「ふぐは食いたし、命は惜しし」という俳諧に、江戸っ子の河豚に対する複雑な心境がよく表現されているのではないでしょうか。
そうとうな執着心を持っていたのは確かで、フグの美味さをよく知っていたのでしょうが、同時に中毒で死に至る事実もよく知っていたのでしょう。
日本人は縄文時代からフグを食べていたようで、いったいどれくらいの人が中毒で死んだことか。そういう事を数千年も繰り返しながらも、フグ食を止めることはしなかった。普通なら「タブー」となっているはずですが、そうなってないのは、やはり「美味すぎる」からでしょうね。
と言っても無毒ですから心配は要りません。
石川県の郷土料理で『ふぐの子糠漬け』の事です。
「へしこ」の河豚卵巣版とでも申しましょうか。
食通という人種が世の中にはおりまして、早い話が食いしん坊なんですが、この人達が食べたがるのが「ふぐの肝」 しかしいくら絶品の旨さであろうと河豚肝にはご存知テトロドトキシンがたっぷり。青酸カリの850倍の毒性を持つ猛毒です。
これで亡くなった方々は枚挙にいとまがございません。その猛毒が時節によって肝よりもさらに多いのが卵巣。もちろん販売・調理・食用は固く法で禁止されております。
それが石川の三地方だけでは生産販売が特別に許可されています。
ゴマフグの卵巣を一年以上塩蔵し、それをさらに二年以上糠漬けします。糠、米麹、唐辛子、イワシの魚醤などで漬けるんですな。そうすると何故だか毒が消えてしまいます。
その糠漬けをさら酒粕で数ヶ月漬けたのが『ふぐの子の粕漬け』で、これは新潟でも作られています。
で、お味はと申しますと当然ですが塩辛い。
しかし濃厚でして、肴としてかなり美味しい珍味ですね。
白飯にも合いますのでお茶漬やそのままご飯にのせるのもいい。しかしやはり酒のアテでしょう。熱燗にも冷酒にも合います。スライスしてちびちびとやるわけです。炙ってレモンもよし、おろしを添えるもよしです。
くじ引きみたいな「てっぽう(生肝)」を食べようなんて気を起こさずに、安全な『ふぐの子糠漬け』にしておきましょう。
ふぐの糠漬・粕漬は、石川県白山市美川の名産として今も伝えられています。中でもふぐの子はふぐの卵巣を漬けたもので、石川県でのみ製造許可されている幻の珍味とされています。
糠漬けは、日干しにしたフグの身を北陸の米糠で漬け込みました。
糠の香ばしさとともに、フグ独特の味わいと歯ざわりをお愉しみいただけます。粕漬は、まろやかな酒粕につつまれて、酒好きでなくとも垂涎の珍味です。
販売店「んまーいmon屋」より
小鉢にすこし盛り、突き出しにして出されては。 食通を任じている方も、きっとご満足されることでしょう。